明日、逢える




始まりは、そう、誕生日のこと。

『―オレの誕生日は、アンタの1日をちょうだい?』

何もいらないから、と言われて、
春休みなのに逢えるという約束がうれしくて、
思わず頷いた。



3月31日。
今日は、離任式だった。
電話で話したりはするけれど、
年度の移り変わりでヒノエは忙しいようで、
図書室の開放日に学校に行っても、逢うことさえできなかった。
離任式で、久しぶりに見かけた姿に、ほっとする。
どきどき、する。




「ふふ、先生、こっち見てたね〜!」

ホームルームのあと。
望美が楽しそうに、弁慶に囁く。
かあ、と頬を赤くして、弁慶は俯いた。

「…気のせい、ですよ。」

困って、恥ずかしくて。
思わず、顔を伏せた。

「明日は、逢うのでしょう?」

朔が、優しく言う。
こく、と小さく頷くと、朔は微笑んだ。

「楽しみね。
 初めてでしょう?
 外で待ち合わせて、1日デートなんて。」

デート。
そう言われて、弁慶がますます頬を赤くする。

「そっかー!
 どこ行くのー?!」

ぱっと顔を上げたけれど。
弁慶は、きょとんと、目を丸くした。

「えっと……?
 どこに行くんでしょう…?」

弁慶は、首を傾げた。
や、私に聞かれてもさ、と望美が苦笑した。

「まあ、それはきっと、あの藤原先生のことだから、
 考えてるか、うん。」

ひとりで納得して、望美が笑う。

「で、何着てくのー?」

「着て…?
 あ………。」

どうしよう、と弁慶が目を伏せた。
望美が目を輝かせる。

「そうだ!!
 帰り、うちに寄ってかない?
 似合いそうなの、貸すからさ。」

「ほ、ほんとですか…?」

弁慶が、縋る目をする。
いつも、いつも、すごく悩む。
先生はかっこいいから、何を着たら近づけるのか、って。
不釣合いなのは分かってるけど、少しでも近づきたい。

「望美の服じゃ、
 弁慶さんの雰囲気に合わないんじゃないかしら?」

朔の言葉に、望美が、にや、と笑った。

「大丈夫、お母さんが勝手に買ってきたのもあるから!
 じゃあ、決まりね?!」

半ば強引に約束を取り付けて、望美はバッグをつかむ。
空いた手で、ぐい、と手を引く。

「じゃ、行こう!」

「え……あの、すみません…、」

弁慶は、下を向いて、顔を赤くしている。

「……少しだけ、待ってもらえますか…?」

「あー、そっかー!
 ごめん、ごめん。
 じゃあ、玄関で待ってるね!」

すみません、と頭を下げて、弁慶は急ぎ足で保健室に向かう。
三つ編みがゆらゆら揺れて、きらきら光る。
ふたりは、目を細めて見送った。



保健室に行くと、ちょうどヒノエがドアに札をかけているところだった。
『職員会議中』と書かれている。

「あ、藤原サン。
 ゴメン、今日これから職員会議なんだ。」

少しばかり苦笑して、ヒノエが言う。

「い、いえ…その…、」

明日のこと、どうしたらいいか聞きたいのだけれど、
なかなか聞けなくて。
きっと、先生も急いでるだろうし、と思って、焦るから。
余計に聞けない。
いつもの癖でまた顔を伏せる。

「―明日のこと、あとで電話するね?」

察したように、ヒノエが言う。
弁慶が顔を上げると、ひどく優しい顔をして微笑んでいた。
頬が熱い。

「―は、い…。
 では…。」

「うん、またあとで。」

ひらり、ヒノエが手を振る。
少しだけ背中を見送って、弁慶は昇降口に歩き出す。
その後姿を、ヒノエは振り返って、目を細めて見つめた。
それから、憂鬱で退屈な職員会議に、ひとつ苦笑した。



昇降口では、望美がスニーカーの紐を結んでいた。
すぐに弁慶に気づいて、大きく手を振る。

「あ、来た来た!
 行こー!!」

「は、はい、お待たせしました…。」

弁慶は、ローファーをそっと置いて、上履きをしまった。
その間にスニーカーを履き終えた望美が、わくわくして、弁慶を急かす。
朔に、急かさないの、と怒られながら。

「ねえ、ふたりで逢うとき、ってさ、先生はどんなカッコしてるの?」

まだ学校の近くだから、少しだけ声を潜めて、望美が言った。
弁慶は、少し頬を赤くして、考え込む。
思い出して。

「…デニムとか…だったと思います……。
 カジュアルな感じ…?」

「カジュアルな感じ、ねー。」

うんうん、と望美は頷きながら、なにやら思案していた。
朔は、くすくす笑っている。
弁慶は、明日のことで頭がいっぱいで、今からどきどきが
止まらなかった。



望美の家に着くと、さっそく望美は、自分のクローゼットを開いた。
ばさり、ばさり、と次々と服を引っ張り出す。
ベッドの上に重なっていく服をぽかん、と弁慶が眺めて、
朔が呆れたため息をつく。

「さ、最初はどれにするー?
 これとかどう?」

「え…?!
 あ、あの……、」

ミニスカート。
花柄のワンピース。
すっかり着せ替え人形になった弁慶は、なすがまま。





―明日が、少し不安で、楽しみ。
 明日になったら、先生と、逢える。
 先生の誕生日を、ふたりで。