聞けない、帰り道




帰り道、駅前の道のイルミネーション。
オルゴールの音色のクリスマスソングが流れてる。
ほわり、ため息をつけば、真白く残って消える。

(もうすぐ、クリスマス…か)

そんなことを考えていても、やがてくる冬休みのほうが気になって。
先生と、会えないから。
冬休みばかりは、学校の開放日はない。
短いけれど、とても長く感じる。



期末テストを目前にした日曜日、朔の家で勉強会をしていた。
とは言っても、朔と弁慶が望美に教える会と言っても、過言ではなかったが。

「あー…もう!!なんか楽しいことないかな…。」

ノートにうつぶせて、望美は深くため息をついた。
朔と弁慶は、くすくす笑っている。

「テストが終わったら、冬休みでしょう?
 ほら、楽しいじゃない。」

朔の宥めのことば。
冬休みということばに、弁慶は、かすかに目を伏せた。
望美は、冬休み、冬休み、と呪文のように唱えて。

「…!そうだ!」

望美は、急にがばりと起き上がった。

「クリスマスパーティしよう!!」

「え?」

目を合わせて、ふたりは声をそろえた。

「クリスマスイブ、空けておいてね?!
 夕方まででいいからさ!」

望美は、ぐいっと顔を近づけて、ふたりに言う。
夕方まで、というのは、彼氏もちの朔を一応気遣っているのだろう。

「夕方まで…それなら大丈夫だけれど…。」

「弁慶さんは?!大丈夫?」

「は、はい…大丈夫です…!」

あまりの迫力に怯えつつ、弁慶は、確かに頷いた。
よし、と望美は、気合を入れてまたノートにかじりついた。
そんな望美に、苦笑を交えつつ、朔と弁慶は静かに目を合わせた。



期末テスト、最終日。
最後の科目の、終わりを報せるチャイムに、教室中にため息が溢れた。

「終わったあ―…!」

望美は大きく伸びて、思い切りあくびをした。
朔と弁慶は、そんな様子を見て、くすくす笑っている。

「良かったわね。」

「出来はまあ、忘れたことにする…。」

望美は苦笑して、舌を出して笑った。
昼休み、望美はあっという間にお弁当を平らげて、立ち上がった。

「?あら?どこかに行くの?」

「うん!ちょっと用事ー!
 ふたりはゆっくりしてて!」

に、っと明るく笑って、望美は元気よく教室を飛び出す。
廊下で、走るな、という教師の声が聞こえて、ふたりは笑った。

「テストが終わったらこれだもの…まったく、あの子ったら…。」

呆れたような朔のことばに、弁慶は微笑んだ。

「でも、それが望美さんのいいところですよね。」

「弁慶さんは、優しいわね。」

そうして、穏やかな昼休み。



飛び出した望美が帰ってきたのは、ホームルーム開始のチャイムぎりぎり。
担任に小突かれながら、席についた。

「…どこに行ってたんですか?」

「うん、クリスマスの計画を、ちょっとね。
 楽しみにしてて!」

望美は、にっと笑った。
弁慶は、疑問符を浮かべつつ、ただ頷くだけだった。



ホームルームが終わって、弁慶はいつも通り図書室に寄って、
何冊も本を借りてきた。
テスト期間中は一応、自粛していたのだ。
重いバッグを両手で抱えて、静かに保健室の戸を叩く。
がらり。
中から急に戸が開いて。

「―いらっしゃい。」

「びっくり…しました…。」

驚いている弁慶の顔を見て、ヒノエはくす、と笑う。

「自動ドア、なんてね。
 テストも終わったし、きっといっぱい本借りてくるだろう、って思ったからさ。」

ヒノエはそう言って、弁慶のバッグをさりげなく持って、
ベッドの上に置いた。
女の子が持つには、結構な重さだ。

「こんなに借りて、帰れるの?」

「えっと…がんばります…。」

その答えに、ヒノエは笑って。

「送るよ。
 危なっかしいから、さ。」

「え、でも…。」

「返すときは、一冊ずつ持ってきなよ?」

「は、はい…。」

「ん、それでよし。」

ほら、座りな。
そうして、ヒノエもいつもの席に座って。
弁慶は、促されるままに座る。
あったかいミルクティを飲みながら、やっぱり冬休みが来るのはいやだな、
なんて思ってた。
こんな穏やかであたたかな時間がしばらくない、なんて。
先生に会いたい。
ずっと、会っていたい。



車の窓から見る、イルミネーション。
クリスマスの話なんて、できなくて。
当たり障りのない話ばかりしてた。
何も聞けない、帰り道。





―先生は、クリスマス、どうしていますか?



車のエンジンの音と、オルゴールの音だけが、耳に残っていた。