パジャマ☆パーティ




 一応、携帯電話を持ってはいるものの、
実は利用頻度は極めて少ない。
 用がないのに電話をしたり、メールをしたりする事が出来ないだけで。
 だから、たまにくる、望美と朔からの日常会話のようなメールがすごく嬉しい。

From:望美
sub:今度の土曜日
本文:泊まりにこない?
朔も一緒だよ。
あ、宿題も持ってきてねv

 最後の一言にくすりと笑って。

From:弁慶
sub:ぜひ
本文:参加させてください。
楽しみにしてます。

 送信すると、すぐに望美からのメールがきた。
 待ち合わせの場所と時間と持ち物と。
 何だか遠足のしおりのよう。
 嬉しくて、楽しくて。
 そういえば。
 友達の家に泊まりにいくなんて、初めてかもしれない。



 最寄の駅で待ち合わせ。
 乗る予定の電車で到着時刻をあらかじめ連絡していたからか、
改札を出ると、ちょうど通りの向こうから望みと朔が歩いてくるのが見えた。
 時間通り。

「弁慶さーん!」

 望美が大きく手を振って、走ってきた。
 朔はその後ろをゆっくりと歩いてくる。
 メール交換はしていたけれど、二人に会うのは久しぶりだ。

「時間通りだったね」

「はい。
 今日はお邪魔します」

 ぺこりと頭を下げれば、望美もつられたように頭を下げる。
 その様子をくすくすと朔が笑って、三人でまた笑う。



 望美の家に行く途中で、今日のためのおやつと飲み物を購入して。
 カゴの中に次から次へと入れていく望美を朔がたしなめて。
 ここのケーキだけはかかせない。
 帰り道の途中にあるケーキ屋さんは二人のおすすめらしく、
スーパーで買ったおやつとは別にお店に入った。
 なるほど。
 どれもおいしそうで、これはなかなか悩まされる。

「ここの生クリームがおいしいんだよね」

「タルト生地も絶品なのよ」

「ゼリーがかかっていて、きらきらして、綺麗ですね」

 三者三様の意見に、店員はくすくすと笑みを零していた。
 結局、三人で少しずつ分けるという事にして、
ショートケーキ、ガトーショコラ、いちごのタルトを買った。



 嫌な事を片付けてから。
 望美は本当に嫌そうに、そう呟いた。
 朔と二人で笑って。
 まずは、と宿題を広げる。
 とはいえ、弁慶も朔もほとんど終わっていて、
望美だけがほとんど手をつけていなかった状態。
 毎年この時期に、こうして泊り込みで望美に宿題をやらせるのだそうだ。
 午後はずっと宿題。
 勉強が苦手な望美でも、宿題なのと、先生が友達なのもあって、
意外に集中して出来るようだ。



 夕飯が終わって、順番にお風呂に入って、
望美の番に回ったところでひと段落。
 ここまで来れば終わったも同然。

「終わった〜」

 大げさにぐったりする姿に、二人もまたほっとする。

「よし!
 お風呂入ってくる!!」

 今度は嬉々として、勉強道具を片付け、部屋を颯爽と出て行った。

「ごめんなさいね、つき合わせてしまって」

「いえ、すごく嬉しいです」

「そう?
 それならいいのだけれど」

 望美がいない内に。
 二人もまた勉強道具を片付け、毎年のことだからだろう。
 朔は手馴れたように布団を敷き始める。
 弁慶もそれを手伝って、望美がお風呂から上がってくる頃には、
すっかりと部屋の準備が整っていた。

「では。
 夜も更けてきましたし…。
 パジャマパーティを始めよう!」

 さ、さ、と望美がまるでお酒でもそそぐように、
お茶をコップにそそぐ。
 勉強しながらも食べてはいたけれど、残ったお菓子もあけて。
 一番楽しみにしていたケーキをお皿にのせる。

「おいしい…」

「でしょ!?」

「本当にここのケーキはどれもおすすめなのよ」

 少しずつ食べたケーキはどれもおいしくて。
 他愛のない話も楽しくて。
 笑っていると、電子音にさえぎられた。

「あ…ごめんなさい」

 朔が電話を手に、ベランダへ出た。
 その姿を望美はじっと見つめている。
 不思議に思って、話しかけようとしたところで、
望美が後ろに倒れこんだ。

「い〜な〜……!!!!!」

 それからごろりと寝転んで。

「私も彼氏ほし〜!!!!!」

 その言葉に、朔の電話の相手が誰だか分かった。
 朔は、すぐに電話をきったようで、部屋に戻ってくる。

「ごめんなさいね。
 あら?
 どうしたの?」

 寝転んでいる望美が不思議だったのだろう。

「いいな、って言ったの!
 朔は彼氏いて…」

 じとりと睨むように見られて、朔は苦笑した。

「でも、今受験生だから、そうでもないわよ?」

「いるのがいいの!!!
 私もほし〜」

 何だかその様子が可愛くて、つい笑ってしまう。

「そうだ!!!」

 突然、がばりと起き上がり、望美は弁慶につめよった。

「弁慶さんは!?
 彼氏いないの!?」

 突然、矛先が回ってきて驚いた。
 何を言われたのか、一瞬だけ反応が遅れてしまう。
 望美の、居てほしいような、居てほしくないような眼差しにくすりと笑って。

「いませんよ」

 そう答えた。

「いないのか〜」

 残念そうな声音の後に、もう一度嬉々とした声が重なる。

「じゃあ、好きな人は!?」

 好きな人。
 聞かれて浮かんできた姿は…。
 いつも優しく微笑んだ顔。
 たまに戯れのように触れてくるその手。
 その手と繋いだ指先。
 思い出して動揺して、かっと頬を赤らめた。

「い…いませんよ!」

 両手と首を必死に横に振って、否定する。
 けれど、望美は楽しそうににやりと笑った。

「あ、新鮮な反応〜」

「ふふ、ぜひ聞きたいわね」

 いつもなら、望美にフォローをいれて逃がしてくれる朔さえも、
楽しそうに身を乗り出している。
 ますます顔が赤くなるのが分かる。

「誰だれ!?
 同じクラスの人?
 違うクラスの人?」

「それとも先輩かしら?
 違う学校の人?」

 きらきらと瞳を輝かせて聞いてくる二人に、
弁慶は言葉につまった。

「ち…違います!!
 本当に…いません…から…」

 困り果てる。
 とは、正にこの事だろう。
 顔を真っ赤にして、否定する姿は、どうにも嗜虐心をそそる。
 つめよりたい…。
 そして、何よりも気になる。

「弁慶さんv」

 じりじりと詰め寄ってくる二人に、
弁慶は壁際に追いやられる。

「ほ…本当なんです…」

 今にも泣きだしそうな風情に、
今度は望美と朔がどきりとする。
 二人、顔を見合わせて、はぁと落胆のため息をはいた。
 それから、すぐにいつもの笑顔を見せて。

「じゃあ、出来たら教えてちょうだいね」

「そうだね!
 全力で応援するよ!!!」

 思ったよりもあっさりと引いてくれて、ほっとする。
 顔は赤いままだったけれど、にこりと微笑んだ。

「ありがとう…ございます」

「うぅぅ…せめて好きな人が欲しい〜」

 しばらくはぶつぶつ言っていた望美も、
どんどん変わっていく話題にテンションを取り戻していった。
 弁慶もようやく胸をなでおろす。
 そして、ふと…考えてしまう。

――今頃、何してるのかな?

 また赤くなりそうな頬に手をあてて、
弁慶も二人の会話に何とかついていこうと参加した。



 まだ小さいこの想いの芽は、大切に育てたいから。