夢みたいな、夢じゃない昨日




いつもと同じ時間に目が覚めて、
今日は何日だろう、と思った。
昨日のすべてが、夢、だったんじゃないか、って。
目が覚めたら、24日で、これから望美と朔とパーティをするんじゃないかって。
だから、いつもは部屋の飾りになっているテレビをつけてみた。
元気なお天気お姉さんが、25日、今日の天気を伝えていた。

(―25日だ……。)

夢、じゃなかった。
夢じゃなくて、よかった。
まだ寝ぼけた頭がぼんやりと、昨日の出来事を思い出す。
先生が、迎えに来てくれて、
望美と朔と4人でパーティをして。
そして、それから。

(―好き…って…。)

先生は、好きだと言ってくれた。
夢みたいに、きれいなイルミネーションを見ながら、
ぎゅって抱きしめてくれた。
思い出したら、あったかくて、くすぐったい気持ちになる。

(先…生……。)

またベッドにころん、と横になって、ふわふわふとんに包まる。
あったかくて、先生の腕のなかのよう。
思い出しては、かあ、と頬を赤くして。
ほう、っと息をついた。



そのまま、少しだけ、うとうとしてしまっていると、
携帯が着信を告げた。
ウィンドウに映る、「藤原先生」の文字。
慌てて起き上がって、別に会うわけでもないのに、髪を手ぐしで整えた。

「…は、はい…!」

「…あ、オレ…だけど……今、大丈夫?」

「はい、大丈夫、です…!」

どきどき、心臓が騒いでる。

「……昨日、のことだけどさ、」

ヒノエが、何だか少し照れくさそうに言うので、
弁慶はただじっと続きを待った。

「――本気、だからね?」

真面目な声に、どき、とまた鼓動が速くなる。

「…はい……。」

ただ、そう返すことしかできなくて。

「あと、昨日楽しかったから、お礼。
 ありがと。」

「いえ、あの…こちらこそ…お邪魔してしまって……。」

「や、邪魔なんてことないよ。
 また、来てよ。」

はい、なんて小さい声で返事して。
うれしくてどきどきして、膝の上のクッションをぎゅっと抱きしめた。
そのとき、かすかに、にい、と仔猫の声が聞こえた。

「…猫、近くにいるんですか?」

「ああ、今膝の上にいるよ。」

ほら、って、たぶん仔猫に携帯をあてているんだろう。
にい、と声がして、ぽす、と携帯を叩く音がした。

「ふふ、聞こえた?」

「はい。」

ふたりだけの、秘密の仔猫。
仔猫と遊んでいるヒノエが目に浮かぶようで、弁慶は、くすくす、笑った。
そうして、まるで保健室にいるときみたいに、たくさん話した。



気がついたら、つけっぱなしだったテレビの番組もすっかり変わっていた。
携帯の電池が終わりに近づいたらしく、弁慶の携帯から、充電を促す音がした。

「―あ……充電……。」

「―だいぶ長く話しちゃったね。
 そろそろ、電話も終わり、にしておこうか。」

「そう……ですね…。」

しゅん、と俯いて言う弁慶の姿が、声だけでヒノエには見えたのかもしれない。
くす、とひとつ笑って、ヒノエは。

「また電話するよ。
 でも、たまには、藤原サンからかけて欲しいけど、ね?」

かあ、と弁慶は頬を赤くして、すみません、と小さく言った。

「ん。じゃあ、ね…。」

「はい、また……。」

そうして、かすかに耳から携帯を離しかけたそのとき。

「――藤原サン、」

「はい…?」

「―好きだよ。」

「…!」

携帯を持つ手が、震えた。

「…ありがとう、ございます…。」

どきどきして、それを言うだけで精いっぱい。
もう一度、好き、とは言えなかった。
その様子を察して、ヒノエは言う。

「――じゃあ、またね。」

「―はい。」

ぱちり、と携帯を閉じて、会話が終わる。
携帯を抱きしめて、ほう、と息をはく。
次はいつ会えるかな。
話せるかな。
ヒノエのことばかり考えて、1日、そうしていた。



―先生が、好きです。
 言いたかったのに言えなかったことばを、抱きしめた携帯にこめて。
 着信履歴に残る、「藤原先生」の名前をただ、指でなぞった。